微睡みの夢 黎明の丘・その後編
                〜 砂漠の王と氷の后より

      *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
       勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


昼の間の灼熱や、乾いた熱風は、
砂漠を渡ってやって来た、容赦のない代物で。
それらをしのぐための庇の下に満ちるは、
漆喰の白との拮抗も鮮やかな色濃い陰。
ナツメヤシの葉が手を延べる先、
高い高い空の青が、それでもやや淡い色合いになって来て。
ああこの地にも冬が来るのだと、
そんな感慨を招く風が吹き、
この身へとまとった薄絹の裾、撫でていっては遠ざかる。

 「………。」

ここより更に南の生まれ、
その気性から“烈火の姫”とも呼ばれているが、
ならばその炎群(ほむら)、
ここいらの甘い風が運び来る冬の寒さには弱いのか。
この広大な砂漠を統べる、
唯一にして絶対の、雄々しくも恐ろしき覇王さえ、
怯むことなくの睨み返せるほど、
激しくも冷たい覇気を保てていたはずなのにね。

 「………。」

今の自分は、もしかしたら。
ほんの清かな風一つで、
あっさりと手折られてしまうかも知れぬほど、
何とも心許ない有り様でいるのが自分でも判る。


   “………。”





      ◇◇◇



身寄りも、頼る供もいないまま
講和の印、実は“人質”として。
遠国の王宮へ、単身嫁いで来たばかりのあの頃は、
それこそ触れたもの皆 斬り裂く勢い、
それはそれは険しい気概でいたもので。
だって、自分を迎えた王こそが、
我が生国を滅ぼしに来た軍勢の宗主、
悪魔のような男に他ならなかったから。

  愛国の心をわざわざ問われることも無いほどに、
  それは平和で穏やかな国だった。
  さしたる産業も資源もなく、
  よって誰の目も寄せぬまま。
  さしたる武力もなくいられた小国。
  それが、キュウゾウの生まれた炯の国だった。

すぐ向背にあった国が勢力拡大でも企んだか、
そのための橋頭堡の候補にされて。
巧妙に潜入させた間者を使い、
王宮を一気に落とそうという計画が、
始動しかかった…その鼻面をたたくよに。
こちらの軍勢が領土内へと一気に押し寄せ。
途轍もない速さで進んだ軍勢は、
途中で通過したのみとし、さして荒らさなかった領地、
今からでも焦土に変えられるがいかがするかと、国王へ迫り。
燃え盛る王宮の拝謁の間で、
あっと言う間に“同盟”を結んでしまわれた。


影に潜む“真の事情”を、
全く知らされてはいなかった身の久蔵にしてみれば。
自分は講和の印に差し出された人質で、
非力な自分が害されぬよう、炯の国はこちらの覇王に屈せねばならず、
また、キュウゾウ自身も、
母国の安泰を願うなら、その身をどうされても抗ってはならぬ。
ありったけの宝石で飾られた輿に乗っての長旅をし、
異国の神殿で名ばかりの夫に出迎えられて。
燃え落ちかけた城で見た、
鬼神のようだった剣士と再びまみえたあの時ほど、
総身が滾ったことはなく。
親しくしていた乳兄弟の青年を、ばっさり斬った張本人。
選りにも選って、それが覇王自身であり、
自分の夫となる男であったとは。

  自分はどうなってもいいからと、
  皆で蜂起してくれればいいのにと、
  どれほどのこと思ったか。

護衛も侍女も、こちらの王宮が揃えた者ばかり。
風習や文化にさほど差異はない国同士、
よってさしたる支障もなかろうとの計らいだったというけれど。
孤立無援という立場にされて、
ますますのこと、その心を頑なに尖らせた、
紅蓮の眸をした花嫁は。
母から賜った銀の剣、秘かにその身へ隠し持ち、
覇王にわずかにでも隙あらば、
容赦なく討つこと堅く誓って後宮へ。
かぐわしい香油に煌くさざ波。
砂の国にはそれこそが贅沢な、
石作りの湯船へなみなみとたたえられた湯につけられ、
肌から髪からすっかりと清められてから、導かれたのが王の寝間。
金の火皿に明かりを灯し、
天蓋から降ろされた絹や更紗の幕も掻き上げられた一角へ、
さあさと押し込まれての…悪夢の始まり。
怖がっていた訳じゃあなかったが、
勝手が判らずにいた萎縮ごと、
それは大きな強い手が、がっしと掴んで引いたのへ、

 「何奴っ!」

抗いの一瞥を向けたの、不敵な笑みにて受けてたったのがカンベエであり。
それと気づいて…背後へ回した手で、護剣を掴んだと同時。
あっさりと寝台まで引き上げられていたほどの剛力に、
正直、眸を回しかけたほど。
自分をそうまで乱暴に扱った男なぞいなかったのと、
こちらへ刃向かいの綱引きさえさせぬ余裕でもって、
一気に、しかもふわっと身を浮かせたほどもの軽々と、
こなした力の頼もしさに呆気にとられたキュウゾウで。
綿のように柔らかい寝床へと、その身をやすやす埋められて、
細かい彫金の飾りが幾つも下がるのは、何かあったおりの鳴子の代わりか。
夜陰の中、妖しく煌くそれらを見上げておれば、
すぐの間近でくつくつという声。
はっとして見極める間も無いままに、重々しい肢体がこちらを組み伏せ、
しかもしかも、

 「…っ!」

湯浴みのあとも隠しおおせていられた護剣を握った右の手を、
手首のところで掴まれており。

 「…自害したくば 止めはせぬ。」

深色の双眸が、真っ直ぐにこちらを見下ろしていて。

 「貞操を守ってのこと、覚悟の自害だったと、
  事実のどこも曲げずのそのままを、故郷へも世間へも広めてやろう。」

それへの腹いせに炯の国を襲うことも無いと、
意外な一言まで付け足したカンベエは、だが、

 「だがの。それだと、お主は儂へ屈したには違いないのだぞ?」
 「…っ!」

何を言うかと、利かん気な紅の眸が見上げて来たのへ、

 「死ぬという形で、儂の手の届かぬ冥府へ逃げるのだ。
  これが敗走でなくて何だというのか。」
 「…………。」

聡明であったればこそ、その道理がすぐにも理解出来たその上、

 「………。////////」

多少は加減されてもいたが、のしかかられた男の重みや、
重ねられた手がおびていた熱、
屈強な身にまとわされていた芳しい匂い。
そしてそして、しっかとした文言を紡いだ心地のいい声が。
どれもこれも…緊張している新妻を懐柔するためにと構えてだろう、
そりゃあ柔らかな落ち着きに満ちていたものだから。

 「………あ。///////」

穏やかな眼差しに見据えられ、
あらためて雄々しき腕へと抱き込められては。
もはや抗いの気力も半ばほどが早々に挫かれており。
どこもかしこも不慣れで頑なな実、それは丹念に開かれての紐解かれ。
陸の上にて溺れるように、やがては意識まで攫われて……。






     ◇◇◇



 「……………。」


ああそうだと、
今の今、すぐの間近にある温みへも、
あのときと同じものを感じているキュウゾウで。
それは心細かったことにさえ、
気づいていなかったほどに逼迫していた自分。
仇敵本人にまんまと手玉に取られたというに、
抱きしめてくれた腕は頼もしかったし、
暖めてくれた抱擁は、
心をきゅうきゅうと縛りつけてた不安を、
それはあっさりと熔ろかしてくれた。
これは悔しさだと誤魔化して、
泣いてもいいのだと仕向けてくれたし。
事後の熱が去るのへと、
さすがに哀しくてか肩を震わす か細い妃だったのへ。
子供相手のように髪を梳いてくれた大きな手は、
重さとそれから武骨さが、故郷の父のそれを思わせて。
色々あったの背や肩に負い、ほとほと疲れ果てたキュウゾウを、
それは穏やかに眠りへと誘ってくれたものだった。

 “結局 俺は……。”

あの当初から もう既に、この男へは負けていたのかも知れぬ。
その後の同衾も、どこか口惜しいことに変わりはなかったが、
だったら刺してしまえばいいもの、そこまでの殺気はとうとう沸かなんだし。
そうこうするうち、
シチロージから…炯の国に忍び寄っていた真実の敵を知らされて。
そのおり、哀しかったがすぐにも気が落ち着けたのは、
どうして話してくれなんだのかという方向で、
カンベエに腹が立ったのは、やはり。
この男に、既に絆されていたからやも知れぬ。

 「ん……。」

何かがくすぐったか、寝息が長く吐き出されたが、
精悍なお顔はそのままで、無心に眠り続けての動かずであり。

 「…………。」

それを間近に見上げる格好。
深くて暖かい懐ろへ、ちょこり収まっているキュウゾウだったりし。
砂漠の丘を戻って来たばかりな覇王様を、
いの一番に出迎えた妃への、これもご褒美か。
他の誰への挨拶も交わさずの、そのまま眠ってしまわれた傍らに、
逃げるは許さぬとしっかと抱き込められての、
王の閨の同じ寝間(しとね)へ、横になっている二人であり。
火皿に灯された、押さえた明かりの照らす横顔も、
癖のある濃い色の長い髪も。
そおと触れば硬い感触のあごのお髭と、
そこからほのかに香る男臭い煙草の匂いも。
触れたところから直接伝わる、そこから取り込まれそうな慕わしい熱も。

  ああ、全部戻って来たのだと

思う端から他を確かめたくなり、限(キリ)が無いまま眠れない。
そんな可愛らしいことを、こっそりと続ける小さな妃へ、

 “早よう眠らねば、明日は起きていられぬぞ。”

正式な凱旋の儀があれこれと、用意されてもおろうにと。
その間中、王妃の席にて居眠るつもりかと、
苦笑をこらえるカンベエもまた、なかなか眠れないままに。
西と東をつなぐ地の、砂の王国の宵夜は更けゆく……。



  〜Fine〜  10.11.30.


  *こないだの突発の続きというか、勢いが余っていたもので…vv
   そうですよね、S様。
   当初は無理から手ごめ…というか、
   嫌がる妃を〜〜〜だったはずで。(おいおい)
   キュウゾウ殿も立場や事情は把握していたので、
   部屋中逃げ回るような抵抗はしなかっただろうけれど、
   じゃあ、どんなもんだったのかなとか…ついついスケベ心がvv
   妻の日を前に、なに書いてんでしょうね、まったくもうvv

  *ところで、
   アラビアンといえばのお勉強の延長で、
   衣装を見たくてあちこちググッてみたのですが、
   どうも私、アラブのイランやサウジアラビアというよりも、
   エジプトやパレスチナの砂の民の方をイメージしていたようでございます。
   (映画の『ハムナプトラ』に出て来た、
    布ぐるぐる巻きの砂防服姿で馬を駆ってた人たちとか。)

  *追記
   砂幻様のサイト “蜻蛉” サマで、
    続編をUPして頂いておりますvv
    救済帳のコーナーへ GO!

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

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